京都地方裁判所 昭和55年(ヨ)435号 決定 1980年8月21日
申請人 圓満院
右代表者代表役員 三浦道明
右訴訟代理人弁護士 安藤純次
同 角谷哲夫
同第二一四号事件被申請人 中西淳
同第四三五号事件被申請人 實相院
右代表者代表役員 中西淳
<ほか二名>
右被申請人四名訴訟代理人弁護士 原秀男
同 竹下正巳
同 高橋南海夫
主文
本件申請はいずれもこれを却下する。
訴訟費用は申請人の負担とする。
事実
第一当事者の申立
一 申請の趣旨
1 申請人から被申請人らに対する代表役員地位不存在確認請求事件の本案判決確定に至るまで被申請人中西淳の被申請人實相院、同大雲寺及び同大雲寺掛所の各代表役員の職務の執行を停止する。
2 右職務停止期間中、左記の者をして被申請人實相院、同大雲寺及び同大雲寺掛所の各代表役員の職務を代行せしめる。
記
滋賀県大津市園城寺町三三番地
三浦道明
二 申請の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 申請の理由
1 申請人は被申請人實相院、同大雲寺及び同大雲寺掛所(以下たんに實相院、大雲寺及び大雲寺掛所といい、あるいは本件各寺院と総称する)の関係寺院であって法類の地位にあるが、法類につき本件各寺院規則においては、「住職を選定するには、現住職並にその法類と役員に於て推薦する。現住職のないときは法類と役員とに於て推薦する。」(同規則七条一項)、「代務者は現住職の法類及び役員において選定する。」(同一二条)、「役員は法類及び信徒中より住職が選定する。」(同七条二項)、「役員は、その役員と特別の利害関係のある事項については議決権を有しない。この場合においては、法類及び総代のうちから役員において、その議決権を有しない役員の員数だけ、仮役員を選定しなければならない」(同一五条二項)、「事務職員は住職が法類又はこの法人の関係者のうちから適当と認めたものを選定任命する」(同一六条二項)と各規定されており、申請人は右の各選任権限及び各被選資格を通じて本件各寺院の管理運営に参与している。また慣習上本件各寺院が全て解散したとき、その残余財産は法類寺院に帰属することとなっている。
2 もと本件各寺院の代表役員であった中西猷淳は昭和五三年一〇月二九日死亡し各代表役員に欠員を生じたものであるところ、被申請人中西淳は實相院につき同年一二月二一日、大雲寺及び大雲寺掛所につき同五四年一月二九日にそれぞれその代表役員に就任した旨の登記を経由している。
しかしながら、本件各寺院規則六条、七条一項によれば、代表役員たる住職を選定するには、現住職のないときは法類と役員とに於て推薦する旨定められているところ、本件各寺院の法類である申請人、義仲寺、定光坊及び天台寺はいずれも被申請人中西淳を代表役員に推薦していないから、被申請人中西淳は本件各寺院の代表役員としての地位を取得しえない。因みに、右就任登記は右被申請人が右法類の推薦権を削除した未だ効力を生じていない虚偽文書というべき各寺院規則に基づき就任したものとして申請したものである。
3 ところで、被申請人中西淳は、實相院及び大雲寺掛所所有の土地を、一部については自己の名義に移したうえで、担保に供して金融機関から多額の融資を受け、これをその妻中西京子の経営する日本アルマ株式会社に融資しており、同社は現在も倒産の危機にあるので、被申請人中西淳はなおも同社に融資するため、本件各寺院のその余の財産を処分し、あるいは担保に供するおそれがあり、かくして本件各寺院の財産は被申請人中西淳により私物化されようとしている。
4 よって申請人は、本件各寺院の法類たる地位に基づき、被申請人らに対する、被申請人中西淳の本件各寺院の代表役員の地位の不存在確認の本案判決が確定するまでの間、被申請人中西淳の代表役員の職務を停止する必要があるので本申請に及んだ。
二 申請の理由に対する答弁及び被申請人らの主張
1 申請の理由1の事実のうち、本件各寺院規則に申請人が関係寺院の章に法類として記載されていること及び同規則にその主張するとおりの各規定があることは認めるがその余の事実は否認する。
本件各寺院規則上、法類とは自然人を意味しており、宗教法人である寺を意味するのではなく、右関係寺院の章の法類の記載は「法類寺」の表示の誤りである。したがって申請人は本件各寺院の法類ではない。
2 申請の理由2の事実のうち、本件各寺院の前代表役員である中西猷淳が昭和五三年一〇月二九日死亡したこと、被申請人中西淳につき、申請人主張どおりの登記が経由していること及び、右登記が、法類の推薦権を削除した規則の改正案を添付して申請したものであることは認めるが、その余の事実は否認する。
3 申請の理由3の事実のうち、申請人の妻中西京子が日本アルマ株式会社の代表者であること及び實相院、大雲寺掛所所有の土地につき、申請人中西淳が根抵当権を設定したことは認めるが、その余の事実は否認する。
4 被申請人らの主張
(一) 申請人は以下に述べるとおり本件仮処分申請の当事者適格を欠く。
(1) 仮に法類に寺院が含まれるとしても、法類とは、本来、宗教上の由縁に基づく純粋な宗教上の制度であって、宗教法人の機関ではなく、本件各寺院規則上も法類というだけでは直接本件各寺院の経営に参画することはできず、また申請人と本件各寺院との間には社会的経済的なつながりは全くないから、結局申請人は本件各寺院の管理運営に参与できる権利はないものというべく、したがって本件各寺院の代表役員の地位の確認を求める法律上の利益を有しない。
(2) 本件各寺院と申請人との法類関係は、前記中西猷淳と、申請人の前代表役員である三浦道海及び眞嶋慶亮の三名が、それぞれが代表役員となっている各寺院につき、相互に責任役員として、同時に法類として協力しあう旨の合意により生じた、右三名の個性を中核とするきわめて個人的色彩の強いもので、いわば身付法類的な関係であって、合意解約によるほか、右三名のうち二人が死亡し、あるいは責任役員を辞任して相互の協力ができなくなることにより、または法類関係にある寺院が単独で規則を変更して法類関係を断つことにより解消されることが予定されていたものである。
そして、(イ)昭和三〇年に眞嶋慶亮が死亡し、同四六年に三浦道海が死亡したから、この時点において、当然に、(ロ)かりにそうでないとしても、昭和四六年に右三浦が死亡した後に中西猷淳は申請人の責任役員を辞任したから、この時点において、中西猷淳と右三浦の後任三浦道明との合意により、(ハ)かりにそうでないとしても、申請人は一方的に規則を変更して(昭和五四年一〇月二二日認証)、本件各寺院との法類関係を廃止してしまったから、おそくともこの時点において、夫々本件各寺院と申請人との法類関係は消滅済である。
以上のとおり、申請人は本件各寺院の法類の地位を喪失したのであるから、本件申請につき法律上の利益を有しない。
(3) かりにそうでないとしても、本件各寺院規則において代表役員に就任しうる者は責任役員たる者に限られているところ、右各寺院の責任役員は被申請人中西淳、又は中西昭であり、かりに改めて代表役員の選定手続をなすとしても、推薦母体である責任役員のうち右両名及び法類のうちの義仲寺は被申請人中西淳を推薦することは明らかで、推薦しない者は申請人及び定光坊のみとなろうから多数決原理により本件各寺院の代表役員に就任する者は被申請人中西淳しかありえないことは事前に明らかである。よって申請人に被申請人中西淳の代表役員の地位を争う利益、ひいては本件申請の利益を有しない。
(二) 被申請人中西淳が本件各寺院の代表役員に就任するにつき、同人は、昭和五三年一〇月二九日、本件各寺院の責任役員中西昭の推薦を得、同月三〇日又は同年一一月ごろ本件各寺院の法類である申請人及び定光坊の代表役員三浦道明から推薦を得、同五四年一〇月一八日、本件各寺院の法類である義仲寺の代表役員斉藤石鼎から推薦を得た。よって、被申請人中西淳は現在適法に代表役員の地位にある。
三 被申請人らの主張に対する申請人の答弁
申請人が、被申請人らの主張するとおり申請人の規則を変更し、法類寺を削除したことは認める。しかしながら、右変更は被申請人中西淳の申請人の法類の地位の濫用を懸念したためであって、これによって本件各寺院の寺院規則が変更されるものでなく、申請人はいぜん本件各寺院の法類たる資格を有していることには変りない。
理由
一 まず申請人の当事者適格について判断する。
1 本件各寺院規則上の「法類」概念。
本件各寺院規則において申請人が関係寺院の章に法類として規定され、法類につき申請人主張のとおりの各規定があることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によればその他法類の権限、法類関係喪失事由等について特段の規定は存しないことが疏明される。
ところで、被申請人らは本件各規則上の法類とは文理上自然人を予定しているものであるから申請人のような法人は含まれない旨主張するので以下検討するに、なるほど、右各規則上、七条二項、一五条二項及び一六条等法類が自然人たることを前提としているかの如き規定も存し、また《証拠省略》によれば、本件各寺院規則と全く同文の申請人及び定光坊の昭和二七年認証の各規則には、その二〇条の関係寺院の項に「法類寺」の表示がなされていることが認められる。しかしながら、右に述べたとおり、本件各寺院規則二〇条にはいずれも「法類」の表示のもとに申請人等の寺院が記載されているのであり、したがって、法類が自然人たることを前提とする規定は、これを法類の代表役員を指すものと解する余地もあり、また、かりにこれが法類寺の誤記であるとしても、同各規則において右二〇条のほかに法類について定める規定(例えば、特定人を法類である旨定めるなど)は無いこと、後記のとおり一般に法類とは寺院と僧侶との双方を含む概念であること、《証拠省略》によれば、實相院や大雲寺掛所は、旧規則においても法類たる寺院を記載していることなどを考えあわせれば、法類と法類寺とは必ずしも別異の概念とは考えられず「法類たる寺」の意とも解され、したがって申請人のような法人たる寺院も法類に含まれるものというべく、他にこれを覆えすに足りる資料もない。よって、この点の被申請人らの主張は採用しがたい。
2 法類の意義と本件各寺院の規則上の法類(以下本件法類という)の発生経緯と特質
(一) まず、法類については宗教法人法にはこれに関する何らの規定もないが、同法の前々身たる宗教団体法(昭和一四年四月八日法律第七七号)には、第六条において法人たる寺院設立の要件である寺院規則の必要的規定事項として「本末寺及び法類に関する事項」を定めるべき旨(同条一項九号)規定されているにとどまった。
つぎに《証拠省略》によれば、宗教制度上及び宗教団体法の解釈上、一般に法類とは、現在又は過去の人的縁故関係に基づく寺院間の横の結合関係たる縁者関係をいい、いわば寺の親類関係としての宗教上の関係であり、寺院古来の縁故関係、慣例、契約、法脈関係、同一本寺関係等寺院間の関係に基づき生じたもの(寺付法類、契約法類)と師弟関係、法脈関係等住職間の関係に基づき生じたもの(身付法類)があるとされ、法類の権限についても宗教団体法以前においては各種法令(省達)により規定されていたが右同法では法類の権限関係の喪失その他の法律関係については何等の規定をなさず、一切を寺院規則に委せられたものである。このように法類とは申請人代表者の陳述にあるような片面的相対的関係ではなく二当事者間の相互関係であったことは明らかである。
そして、宗教法人法上においても、右の如き法類関係を保持するか否か、その権限、同関係の喪失その他の法律関係については一切を宗教団体に任せ、ただし、この法類が同法一二条一項一二号に該当する限り同法に基づく規則上に定められるべきこととされている。本件法類も右宗教法人法一二条により規定されたものとみるべきである。
(二) 以下、これを本件法類についてその地位、発生経緯からする特質についてみる。
まず、本件各寺院共通の本件法類の範囲は後記のとおり四寺院であり、その権限については前記争いのない本件各寺院規則の規定に止まり、解散時の残余財産の帰属に関する申請人主張の慣習は、同主張に添う申請人代表者の陳述のみでは未だその存在を認めるに足りず、他にこれを認めるに足る疎明もない。そうすると本件法類は法人たる寺院の機関あるいは人的構成員であるとはいい難いが、少なくとも、住職を推薦し、代務者を選任するなどにより間接的に、また、役員、代務者あるいは事務職員に選任されることによりその地位に基づいて、本件各寺院の管理運営に関与し得る地位を有しているものと一応認められる。
(三) つぎに、本件法類発生の経緯と特質についてみるに、《証拠省略》並びに本件各寺院規則と同規則上法類と規定されている申請人、義仲寺及び定光坊の各昭和二七年認証の規則の形態、様式、記載内容を総合すれば次の事実が疏明される。
本件各寺院は、もと天台宗寺門派(園城寺派)に属しており、昭和一七年合同天台宗が創立され同二二年これが解体していくなかで実質上単立化し、昭和二七年正式に離脱して単立寺院となったもので、申請人も同様の経過で単立寺院となったものであるところ、實相院、大雲寺掛所の各旧寺院規則(昭和一七年認証)には申請人は法類とはなっておらず、申請人と本件各寺院とはもともと法類の関係にはなく、現行本件各寺院規則(昭和二七年認証)により右関係が新たに創設されたものと解される。そして当時本件各寺院の代表役員であった中西猷淳、申請人及び義仲寺の代表役員であった三浦道海並びに定光坊及び天台寺(同様に本件各寺院の法類である)の代表役員であった眞嶋慶亮の三名の間において、宗派の支援を受けることのできない単立寺院にあって相互に協力しあうために各人が代表役員を勤める各寺院につき、他の二名を責任役員とし、かつ右各寺院を相互に法類もしくは法類寺とすることとし、その旨の同一内容、同一様式の規則を同じ頃に意思を通じ合って右各寺院につき作成したものと解される。
他方、その後昭和三〇年に眞嶋慶亮が死亡し、同四六年に三浦道海が死亡するに及んで、そのころ中西猷淳も申請人、定光坊などの責任役員の地位をいずれも辞任するに至り、その後は申請人と本件各寺院との間において、一方の代表役員が他方の責任役員を兼ねる関係は全く無くなり、そのほか相互に各寺院の管理運営につき全く干渉のない状態が継続し来たった。さらに、中西猷淳は生前、一方的に實相院の寺院規則につき、七条、一五条、一六条二項の各規定から「法類」の字句を抹消し、二〇条全文を削除する旨の変更をなした寺院規則案文を作成し規則変更の準備をなしており、また、申請人及び定光坊においてもそれぞれ一方的に、右と同様の規則の変更をなし(但し、申請人は二〇条につき定光坊のみを単に関係寺院として記載する)、申請人は昭和五四年一〇月二二日、定光坊は同五五年三月二八日それぞれ右規則変更の認証を受けるに至った。
以上の事実関係に他に本件各寺院間に古来からの特別の縁故関係と認めるに足る疏明資料もない点を総合すれば、本件法類を含む右各寺院間の法類関係は、右三名が相互に責任役員となって扶助し合う旨の合意を中核とした、主として右三名の個人的情誼、及び信頼等の個人的事情を基礎とする契約により生じたものと解される。したがって本件法類関係はもともと個人色の強い持続性に弱いものであったと解される。
3 本件法類関係の消滅
そこで本件法類関係消滅の抗弁につき検討する。
《証拠省略》によれば申請人ら本件各寺院のもと属した天台宗寺門派においては法類の解除、脱退は各自法類内部の習慣に一任されていたこと、本件各規則においては、一方、法類関係の消滅原因手続につき何等の規定なく、他方法類に関する規定を含め規則の変更は責任役員会の同意を要するのみで、法類の同意又は通知すらも必要とされていないことが疏明される。これに前記の、本件法類関係の個人色の強い点、本件法類の財産関係における無権限、申請人、被申請人實相院における法類規定の削除経過を総合すれば、本件法類関係はもともとその基礎である個人的事情の消滅により当然消滅し、或いは一方的に変更解消しうる性質のものであったと解される。
そうだとすると、前記昭和三〇年眞嶋慶亮死亡後の事実経過によれば本件法類関係は、右眞嶋、三浦の死亡、中西猷淳の申請人責任役員の辞任の時点で当然消滅したものと解され、かりにそうでないとしてもおそくとも申請人の法類削除の規則変更の時点においては申請人からの一方的解消に因り消滅したものと解することができる。なお右規則変更に拘らず申請人は本件各寺院側からの法類の地位を失わない旨主張するが、これによれば本件法類が相対的片面的関係であることとなるが、前記法類一般の性質に反するのみならず、このような関係は不自然で存在根拠に欠けるという外ないから、右主張と同旨の申請人代表者の陳述は措信しがたく、他に本件法類がこのような関係も含むことを認めるに足る疏明もないから右主張は到底採用しがたい。
4 そうすると法類の地位(前記2(二))がかりに本件各寺院の代表役員の地位の存否を争う法律上の利害に当るものであるとしても、申請人はすでに右地位を有しないと言わざるを得ない。そして他に申請人が本件各寺院に対し、前記規則に定める以外の法律上の利害関係を有する点についてはこれを疏明するに足る資料はない。
したがって、申請人には本案において被申請人中西淳の本件各寺院の代表役員の地位を争う法律上の利益はないものというべく、ひいては、申請人に本件仮処分申請の利益及び当事者適格もないということに帰し、そして、この点はその性質上保証によって代えることは相当でない。
二 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく申請人の本件仮処分申請は不適法という外なく、これを却下することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 杉本昭一 裁判官 田畑豊 筏津順子)